心の殺陣記 精霊は化粧をするのか 3 忍者ブログ
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双子の司書に追い出されてから、俺とネリィは来た道を引き返していた。
今日はあと一人だけ、尋ねてみようと思うのである。
大体は今まで受けたものと同じ返答だろう。
しかし、最後の人物はラグルムやソフィーや司書姉妹よりもうんと長生きをしているので、年の功で何か違った話をしてくれるのではないかと期待をしているのだ。

「その人って、もしかして、あの人?」
「その通り、あの人だ」

彼女には、ネリィも会ったことがある。
かなりクセのある人物なので、ネリィはあまり好きではないようだが。
かく言う俺も、得意な方ではない。けれども俺の師とは大層仲が良い。
戦う時は背中を預けられる存在だと、師匠が言っていたのを思い出す。

「でも、あの人ってさ…まさに美容とは無縁っぽいじゃない」
「年を相当喰ってるから、若さを保つように頑張ったりしてそうじゃないか」

老化は無いとは言え、やたらと年齢を気にする女性である。
今みたいな発言を彼女の前ですれば、間違いなく身体の一部を持っていかれるだろうなあ。

「それにしても…なんだか、軽い気持ちで始めたことなのに、重い内容になっちゃったね」

後ろでネリィが呟いた。
ネリィは精霊界の歴史など全く知らない。
だが、精霊界の歴史は果てしなく、人間界の比ではない。
その中には当然争いもあったし、目も当てられないような凄惨な事件も数多く存在していた。
“化粧をしない”という単純なことが、まさかそのような面を理由にしているとは、彼女には予想もつかなかったのだろう。

「でも」
「ん?」

でも?

「ちょっと、面白いね」

面白い?

「どこが?」
「しゅうちゃんも知らなかったようなことを、調べるのが。
精霊界に化粧の文化が無い…っていうのは、あたしが人間だからこそ調べられたんじゃないかなって思うの」

彼女の言うことはもっともだ。
いつも学問が嫌いで、本を渡しただけでも嫌がるような少女が、こんな形で研究に関心を示すとは。
彼女自身はそのようなことをしているつもりはないのだろう。
しかし、行っていることは立派な研究だ。

「じゃあ、その成果を残すために研究書を書いてみたらどうだ?」
「絶対嫌。面倒くさいもん」

絶対、までつけられて拒否をされた。
俺なんて、研究したいことが山ほどあるのに。
時間が無いために調べられないのが悔やまれる。

そうこうしている内に、俺達は“主の間”に到着した。
ここには自然の主が居り、同時に雑務をこなす場所でもある。
サックリ言えば、俺の住居部屋だ。
先程の図書館では空間超越が使えないため、一旦自室まで戻ってからトばなければならない。
流石に廊下で術を使うのは躊躇われるので、一度部屋に入ってから術を使おうと、俺は扉を開いた。

「あれ」
「来たか」

部屋の中には、人が佇んでいた。
と言っても、目的の人物ではない。
というよりは、居場所が不確定で目的にし辛い人物である。

「イヲメ、どうしてここに」

佇む人影に声を掛けると、俺の服をネリィが掴んだ。
ネリィにはあまり良い印象を抱かれていないので、当然の行動である。

夢魔・イヲメ。
彼女は魔族であるが、ちょっとした事情で現在は精霊界に住んでいる。
魔族は俺達精霊とは対立する仲であるし、実際イヲメと一戦を交えたこともあった。
その時、ネリィが彼女の見せる夢に毒されていたのである。

今では精霊界によく馴染み、特にラグルムと仲が良い。
俺に対してはまだ、どこか遠慮のようなものを感じるが…。

「借りた本を返しに来た。早く続きが読みたくて。
ラグルムに訊いてみたら、『隊長の部屋で待っていれば、その内帰って来ますよ』と言われたからな」
「なるほど、それで」

ラグルムの奴、俺が巡るルートを予測していたんだろうな。
それにしても律儀なものだ。
いつ戻るとも知れぬ者を待っていたとは。

「その本の続きなら、あっちの棚の上から三番目だ。自由に持って行ってくれてて構わないのに」
「それは失礼にあたる。きちんと一度返却をしてから持って行くのが道理だろう」

律儀だ。

「それでは、私はこれで失礼する。ネリィにとって、私はあまり良い存在ではないしな」
「えっ、あ…」

大きな本を二冊抱えたイヲメは、それだけ言うと、部屋から出て行こうとした。
ネリィが一瞬迷った顔をした。そして、イヲメの背中に「待って!」と呼び掛けた。

「ね、ねえ。ちょっと待って。時間ある?」

過去の出来事から、ネリィの腰はやや引いていた。
夢に毒され精神も肉体も蝕まれたのだから、恐れを抱くのは無理もない。
イヲメも、そのような目に遭わせた人物のそばには居たくないのだろう。
立ち止まりはしたが、振り向かなかった。

「……どうした」

数歩の間隔。
それがお互いの距離感を示していた。

「……魔族って、お化粧するの?」

恐る恐るネリィが尋ねると、イヲメはやはり、振り向くことなく答えた。

「魔族は魔王が統べるとは言え、それぞれがそれぞれのやり方をもっている。
顔に粉だの色だの塗りたくるのが好きな奴も居るだろう。
もっとも、魔族では、私は血化粧しか見たことがない」

つらつらと述べ、イヲメは部屋をあとにしようと扉に手を掛ける。
決して振り返ろうとしないその姿に、けれどもネリィは

「ありがとう」


と一言だけ御礼を言った。


「礼には及ばない」


少しだけ、イヲメが微笑んだ気がした。

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