心の殺陣記 精霊は化粧をするのか 2 忍者ブログ
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「あら、隊長。お帰りだったんですか」

依頼する者が誰も居ないことをいいことに、ソファーに座って紅茶をすする女性が居た。
セミロングに切り揃えた桃色の髪は風になびき、澄んだ茶色い瞳はこちらを見据えている。

この女性が、今回ここに来た理由であった。

特殊部隊副隊長、ラグルム。
彼女はこの特殊部隊で唯一の女性である。
いつも優しげな雰囲気を漂わせ、訪れた依頼人にも分け隔てなく微笑み、なおかつ仕事は完璧にこなす。
そんな彼女に魅せられてしまったファンは多く、何の用事も無いのにここに来る者も居るほどである。
が、特殊部隊の隊員が彼女に惚れることはない。
先程も言った通り、ここには厄介な隊員しか居ないわけであって、彼女も例外ではないのである。

「帰って来たんじゃなくて、引率と言った方が正しい」
「と言っても、引き連れてるのは女の子一人じゃないですか。ダメですよ、誘拐は」
「するわけがないだろうに」

俺はさっさと話を始めようと口を開いたが、その動作をラグルムが人差し指で止めた。

「それよりも、仕事がたまってますよ。私一人じゃ片付けられないものもあるんですから、早めに戻って来て下さいね?」
「…わかってます」
「て言っておきながら、隊長はいっつも戻って来ないんですから。それで、仕事じゃなければ何をしにここへ?しかも女性を連れて」

脱線した話を、ラグルムはわざわざ戻してくれた。
さっくりと前置きを話してから本題を話すと、ラグルムはきょとんとした顔をしていた。

「…はあ。化粧、ですか」
「どうしても、気になるんです。お願い」

ネリィが役者顔でラグルムを見上げる。
彼女の本性を知らない奴は、男でも女でも大抵これで落ちるのだが。
ラグルムは肩を竦めると小さく笑った。

「隊長は女性に興味無いですからね。わからないのも仕方はないかも」

ふふふ、と美しい笑顔を見せる。
天真爛漫で愛らしい雰囲気をもつネリィとは、対照的でもある笑顔だ。

「私達にはそもそも、人間のように“着飾る”というものがないんです。
私だってほら、あなたのようなオシャレな格好ではない。
動き易いというのを目的にした格好をしています。
ですから、老化や老廃物の話に加えて、化粧というものがあったとしても“飾る”ことが無い以上は、それは不要なんですよ」
「そ、そうなの…?」
「ええ。ただし、着飾るということとは別ですが、神前では正装せねばなりません。もし昔から化粧が精霊界にあれば、そういった時に使用したかもしれませんね」
「そうなんだあ。でも、ラグルムさんとってもお綺麗ですよね!」

その言葉に、ラグルムは耳まで赤くしていた。
“綺麗”“美人”などといった褒め言葉に、ラグルムは滅法弱いのである。
現に今、両手に頬を当てて困っている。

「そ、そそそそそそんな…私は綺麗なんかじゃ。いえ、その、言われるのはとても嬉しいんですけど。その、綺麗なんかじゃないですからね!?」
「そうかしら?とても美しいと思います」
「も、も、も、もう!ネリィさんたら!!」

ネリィがラグルムの“もう一つの顔”を知ったら、とても驚くのだろうなあ。





「で、次は誰の所に行くの?」
「図書館。運が良ければ3人の女性に会えるぞ」
「へええ、3人も。流石図書館!司書さんってかんじだもんねっ」

ネリィはぱたぱたと俺の後をついて来る。カルガモの子どもみたいだ。
といっても、カルガモの親子ほど、俺とネリィの身長差は無いわけだが。

図書館は精霊界の“心臓”の、果てにある。
トべば早いのだろうが、空間超越には何らかの条件があり、トべない場所も存在しているのだ。
図書館は丁度その位置にあるらしく、いつも俺は徒歩で通っている。
空間超越の研究がもっと進めば、トべない場所にもトべるようになるかもしれない。

「ほら、着いたぞ」
「おー、思ったより小さいね」

ネリィが後ろでぶつぶつ何かを言っているが、無視しながら扉を開ける。
ギギギ、と不気味な音を立てながら木製の扉を開くと、本のにおいが鼻腔をくすぐった。

四方を見渡せば、薄暗い景色の中にずらりと並んだ本棚がある。
本棚には収まり切らない本もあって、そういったものは壁際などに積まれていた。

「…え、何ここ。でっかくない?」
「空間拡張。小さいように見えて、内部が広いっていうのは精霊界にゃよくあることだ」
「え、え、え、どーなってるのー?!本がいっぱいなんだけど!!」
「どうなってるかを説明したところで、お前が理解をするのかが怪しいだろ」
「ありゃ、何だか賑やかだねーっ」

賑やかに慌てるネリィの声に、ネリィと同じくらい賑やかな奴の声が重なった。

「ソフィー」
「やっほ、しーさん!どーしたの?今日は女の子連れちゃって」
「妖精だあ!初めて見たよ!?」

体長約20cm。キラキラと輝く翅で飛び回るソフィーは、精霊界ではあまり見かけない妖精である。
妖精や小人は、元々神界において神の手伝いをする役割をもっているが、ソフィーは精霊界に迷い込んだ妖精だ。
本が大好きな性質らしく、古臭い蔵書の多い精霊界を気に入って以来、ずっとこの図書館に住み着いている。
俺も小さな頃、彼女に様々なことを教わったし、今も本や資料探しを手伝ってもらっている。ただし、彼女の悪戯つきで。

「ありゃりゃ、何だ、ネリィちゃんじゃない。おっきくなったね」
「え?あたしのこと知ってるの?」
「もっちろんだよ!しーさんが…もごご」

俺は彼女の体を引っ掴むと、親指で口を閉じさせた。
ネリィにとって、昔のことはタブーである。
ソフィーは非常に記憶力が良く、ネリィに関することを事細かに説明するだろう。それは避けたい。
睨みつけると、ソフィーもハッとした顔をしていたので、わかったものと見なして放してあげた。

「あー。しゅうちゃんひどいんだー」
「ほんとだよ、しーさんは昔っからひどいんだ。私を本で殴るんだもの」
「それはお前の悪戯が過ぎたからだ。『探してる本はここにあるよ!』と言いながら、本の山を倒して来たのを俺は忘れてないぞ」
「いやん、ちょっとしたいじわるだよ?」

ちょっとした意地悪で、10歳を過ぎた頃の少年を圧死させようとするとは。ひどい妖精も居たものだ。

「それで、今日は何を探しに来たの?」
「今日は本を探しに来たんじゃなくて、こいつが化粧について知りたいと」
「化粧かあ。精霊界に化粧文化は無いからね。そういった本は無いかも」
「だから本を探してるんじゃねーっつの」

人の話を聞かないのも、ソフィーのいつもの癖である。
癖というより、わざとやっているような気もするが。

「妖精さんは、化粧をするの?」
「妖精さんはね、化粧しないよ」

ネリィが尋ねると、ソフィーはあっさりと答えてくれた。
そして、遠いどこかを見るような目になると、

「妖精と小人は、神様の使いだからね。極端に言えば奴隷。奴隷なの。
神様はこの世もあの世も統べちゃうすごーい存在だから、私達は神様の使いであることを誇りに思うのよ。そこに何の疑問も持たない。
神様の前で敬う格好はしても、自己をアピールするという化粧はできないんだよ。
精霊も本来は、私達の先輩みたいなものだからさ。だから“着飾る”っていう文化を持たなかった。
今でも正装こそすれ、化粧ってものは存在しないの」
「………そう、なんだ」

思ったものとは違う内容に、ネリィは愕然とした様子だった。

「事実、この図書館には“人間の肌と自然界”みたいな本はあっても、
精霊自身の化粧に関する本は一冊も無い。
それって、大昔から精霊界には化粧っていうものが無かったことを示してるんだと思うよ」

ラグルムの話を肯定し、より補強した話である。
ネリィに難しい話は向かず、そういった話を始めようものなら逃げ出すのだが、珍しくソフィーの話には耳を傾けていた。

「そっかあ…うーん、でもやっぱり、化粧してる人とか居そうな気がするんだよね。精霊じゃなかったら、そう、神様とか魔族とか」
「あー、そっちになると私もわからないや。私、神様の下で165年しか働いてないし」
「…それだけ働いてれば、わかるんじゃないの?」
「神様って、基本秘密主義だもの。ねえ、しーさん?」
「あ、あ。いや、あー…」

いきなり話題を振られて戸惑った上に、ソフィーの話に同意しそうになった。
いや、同意なのは同意なのだ。
しかし、ソフィーは俺の立場を知っていて、こういった話題を振ってきたのだろう。ソフィーてめえ。

「それより、レイヴァとレイヴィは居ないのか?あの二人にも訊いてみようかと思ってたんだが」
「まあ、私と同じ答えが帰って来ると思うよ。しかも途中で『面倒くさいから帰れ』って左右から同じ声で言われるよ」
「……だよな」
「「そう、ソフィーの言う通り」」
「ひゃあああっ!!?」

暗闇の中から、気だるげに煙管をくゆらせた女性が現われた。
彼女達はこの図書館の司書を務めている。
瓜二つの双子で、モノクルをどちらに掛けているかでしか判別ができない。まるで鏡からそのまま出てきたかのようだ。

「「因みに、あたしたちゃ化粧はしてないよ」」
「お、お、なじ顔が二つ!?」
「お肌に気をつかう、なんてこともない」「だって、人間と精霊はあまりにも違うもの」
「え、あ、うん…そうなの?」
「「そう」」

二人同時に頷くと、本当に不気味である。
ネリィも、化け物か何かを見たような顔をしていた。

「人間と精霊って、どう違うの?」
「「説明するのが面倒くさいから帰れ」」



双子の司書には、まったくやる気が無かった。

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