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昨日の続き。
- アマイモノ 後編 -
しゅうとテムレクトの話は、俺には理解できなかった。
術のことを言っているのはなんとなくわかったが、
それ以上のことはサッパリだし、俺には関係のないことだから、わかる必要もない。
二人とも深刻な顔をしているから、割と深刻な話なのかもしれない。
でも「そんなに大事な話じゃない」と言っていたから、実際はそうでもないのかもしれない。
なんてこと、ぼんやりと考えながら、俺は時間を潰していた。
茶でも淹れてやろうかと思って立ち上がり、台所へ行くと
「ああ…」
以前、しゅうが言っていた“テムレクトの美白化粧品”が、台所の流しの上で存在を主張していた。使い古された様子で。
きっと、コツコツと使い続けているのだろう。
300歳過ぎると大変なんだな、女性というものは。
「……じゃから、それじゃと現術の特徴とは合わん。現術は、触れることが大前提じゃ」
「ただ、幻術の場合も触ることは可能だろ。幻術の根本は“幻覚”なんだから」
「“触った気になる”のと“触る”は違う」
「術にかかった方からすりゃ、脳は後者で認識してんだから、一緒じゃないのか」
現術幻術。言葉の抑揚は違うが、同じように聞こえる。何がなんだか…。
似たような単語を作るんじゃなくて、もっと他の言葉を考えれば良かったのに。
俺は紅茶を黙々と淹れる。適当に。
「幻術の根本は“幻覚”だっつったけど、現術の根本は“存在”だろ。元々ある土地に、新たに“存在”を上書きすることは、相当力を持ってないと無理だ」
「かと言って、幻術の線もわしは薄いと思うけどな。おんしの所の隊員は、まさか幻術を解除できぬ程の軟弱者でもあるまい?」
声が止む。
正確には、しゅうが少し唸っていた。
「…そりゃあ、そうだ。……じゃあ、この二つを除外した考えならどうだろう」
「なんぞあるのか」
「除外というか、主体として考えなければ良いんじゃないか」
ますますワケのわからん話にするらしい。
友人は次々と思いつく限りの可能性を挙げていくが、俺はもう耳を塞ぎたい気分だった。
勝手について来ておいてそんなことを思うのは本当に勝手だと、自分でも思う。
だけど、その…頭の痛くなるような話はゴメンだ!
「その仮定で最も可能性が高いのは、境術と幻術の複合じゃな。わしの専門ではないが…。
空間をいじった上で幻術を掛けたのならば、後処理も楽じゃ。
境術と現術の可能性は、皆無に等しいじゃろう。やる必要性がどこにも無い」
「ふーむ。じゃあ、その線でこっちも検討してみるよ。ありがとう、テム」
「茶、入ったぞ」
声を掛けると、二人とも「ありがとう」と受け取った。
どうやら話も一段落したらしく、部屋に穏やかな空気が流れる。
ただ、テムレクトのお茶の飲みっぷりは、不穏だ。
沸騰したばかりのお湯を注いだはずなのに、おかしいな、発泡酒の宣伝みたいな飲み方してる。
ぐいっぐいっと飲み干して、彼女は一息吐く。
「セイ、紅茶はそのまま残しておけ!」
「え?」
いきなりご指名。なんだなんだ?
「おんし、甘いものは…好きか?」
先程の会話とは何の関係も無く、脈絡も無く、むしろ完璧に別次元の話を持ち出された。
キラキラと楽しそうに、テムレクトの瞳は輝いている。
甘いものは別に、嫌いじゃない。というか、好きな方だ。
しゅうの作るお菓子は大好きだし、それを目的に彼の部屋へ行くことだってある。
だから俺は頷いた。
「セイ」
「そうか!ならば待っておれ!!」
しゅうが一瞬俺に呼びかけたが、それを遮るように、テムレクトが立ち上がる。勢い良く。
同時に、俺は最初にされた質問を思い出して―― 悪い予感を思い出して ――後悔した。
横に座っているしゅうの顔が、引きつっているのだ。
「……あ、あの。てむれくと、さん」
台所に行ったらしい、樹の主の名を呼んでみる。
返事は無い。
「テムレクト!」
呼んでみる。
返事は無い。
「………」
「………」
何だかよくわからないけれど、異臭が漂う。
すっぱいような、甘いような、よくわからないにおい。
「……しゅう」
「……気付くのが遅れて、ごめん」
もしかしなくても、テムレクトって…料理下手?
いや、それ以前にさ。テムレクトが料理するって方がおかしいんだ。
だって、精霊って、モノを食べないじゃないか。
テムレクトが酒好きなのは知っているけど、
それ以外に好物があるだなんて、聞いた事がない。
それなのに彼女の家には台所があって、料理をしていて。
ええと、
それはつまり、
「温め直して来た」
思考がまとまらない。
机の上に、どんと皿が置かれた。
目の前にあるのは、赤いような青いような緑色のような。
妙な臭いを放っていて、めまいがする。
めまいと同時になんかこう、涙が出てくる。刺激臭のせいかなあ。
んで、それが湯気を放っているんだ。温め直してくれたからか。でもこれ、温め直す必要のある食べ物なんだろうか。
それ以前に、食べ物ですらない。
「冷めない内にな」
横目でしゅうを見ると、しゅうはできるだけ“物体”を視界に入れないように壁を見ていた。
うっすらと汗ばんでいるところを見ると、臭いで気分が悪くなっているのだろう。
はっはっは。自慢じゃないけど、俺、これ食うんだぜ。
「テムレクト…これ、何かな」
試しに訪ねてみると、整った眉がしかめられた。
「何、とは?見てわからんのか?」
「いや、俺、食う専門だから。お菓子の名前ってよくわかんないんだよな」
「しゅうはわかるじゃろう?」
壁を向いたしゅうに、テムレクトが回り込む。
嫌でも“お菓子”を見なければならなくなったしゅうは、本当に具合が悪そうだった。
…どうして気がつかないんだ、テムレクト。お菓子で頭やられたのか。
「…ケーキか何か?」
「その通り!」
当てるなよ。
しゅうも驚いているようだが、テムレクトは満足そうだった。
「…ケーキは普通、こんな色と形状はしてない…」
ぼそりとしゅうが呟くも、その呟きは届かない。
「さ、セイ。樹の主お手製のケーキじゃぞ!心して食え!」
その言葉は暗に『覚悟しろよ』と言っているようで、
けれども俺は、自称“ケーキ”にフォークを突き立てる。
「ガチッ!」と一瞬音が鳴ったが…。フォークを突き刺すのに、力と時間が必要だったが…。
「いただき、まーす…」
俺は、それを、口に運んだ。
「…セイ、大丈夫?」
帰り道、何度も聞いた声と言葉。
しゅうの部屋で、情けないことに、俺は横たわっていた。
漫画でよくあるような展開だが、腹痛や吐き気があるわけではない。
なんだか知らないが、異様な脱力感が俺を襲っていた。
“ケーキ”に何入れたんだよ、あのばあさん…。
「うーん、もうちょっとしたら治るかも…」
「病気ではないから、術の対象にもならないしなあ…」
ベッドの側で、しゅうが申し訳なさそうな顔をしていた。
「俺がもう少し早く気付いてたら、止められたのに」
「いやー…」
どうだろうか。
あのテムレクトの様子だと、誰の言葉も聴きそうにないぞ。
実際、俺の言葉もしゅうの言葉も、全部無視してたじゃないか。
自分に都合の良い言葉だけは、耳に入っていたようだが。
便利なフィルターがついているんだな、きっと。
暮れ行く景色の中で、顔は陰って見えない。
きっとその表情にも翳りがさしているのだろう。
ほんの、些細なことじゃないか。
別に命に関わる怪我をしているわけじゃない。
それに、しゅうに非は無い。一切、無い。
「ついて行きたいって言ったのは、俺だ」
「…そりゃあ、そうだけど」
「こんなこと、笑い飛ばしてくれよ。
『バッカだなー、あんなもんマジで食うなんて、どうかしてる』って」
俺は、そんな顔をさせたいんじゃなかった。
それは、しゅうのためじゃないと思う。
…そんな顔をさせて、自分が“お荷物”であることを、自覚したくなかったんだ。
ほんの些細な、ことだけどさ。
「バカか。友人が苦しんでるのを笑うほど、俺は落ちぶれちゃいない」
「笑うのと嘲笑うのじゃ、違うだろ」
「そうだけど、笑える気分じゃない」
そう言って彼は席を立って、部屋の奥に引っ込んでしまった。
怒らせたような気がするが…いつものことだ。
誰かが言っていたけれども、落ち込むより怒る方が、精神衛生上良いんだってさ。
俺は精一杯笑うし精一杯落ち込むし精一杯怒る性格だ。喜怒哀楽が豊富だと言ってくれ。
でもしゅうは、あまり笑わないしよく落ち込むし、怒りを露わにはしない。
仕事のこともあるし、その内ストレスで胃に穴空くんじゃねーの?と俺は思う。
せめて素直にあれこれ言ったり、表情に出せたりすれば、ちょっとは考え方も変わるのに。
こんなちっぽけなことを、いちいち気に病んだりせずに。
まあ、俺も、自分のこと棚に上げたこと言ってるけどさ。
「よいせ」
少しずつ薄れてきた脱力感を、起き上がることで紛らわす。
ベッドに寝たきりの方が、体調に悪いってもんだ。
「しゅう、俺帰るぞ。今日は邪魔してごめんな」
こうは言っているが、実際俺、この空気から逃げたかったんだと思う。
なんかこー…。格好悪いじゃん。
人を散々落ち込ませておいて逃げるのは、もっと格好悪いけどさ。
今は逃げ帰って布団に顔うずめて、んで、次はこういうことが無いようにしようって、起き上がりたい。
「随分と自分勝手な」
一瞬、俺の考えを読んだかと思ったぞ。
木の扉からひょっこり顔を出したしゅうは、半ば呆れていた。
「もういいのか?」
「おう。元気なったなった」
「そりゃ良かった。良かったついでに、帰るの、ちょっと待ってて」
それだけ言い残すと、彼はまた奥へと引っ込む。何だろう。
大人しく待っていたら、しばらくして、白い箱を持って彼は現れた。
「まともなケーキと、ゼリー入れてあるから」
「…まともな」
「まともな」
彼は頷く。
まともじゃないケーキは、間違いなく、テムレクトのケーキだろう。
ていうか“アレ”は、ケーキとは呼べないと思うんだ。
甘ったるいにおいを含みながら、苦味と酸味と焦げ臭さしか無かった。
それ以外に感じる余裕が無かったとも言える。
「口直しに持ってけ」
「やった、俺甘いもの好きなんだよ」
「知ってる」
「改めて主張したかったんだよ…」
あの味を思い出して、思わず泣きそうになってしまう。
どんだけ俺が情けない顔をしていたのか知らないが、
割と面白い顔をしていたのだろう、しゅうの小さな笑い声が聞こえた。
「情けねぇ」
「まじで?」
「まじで」
笑っている。
それが少し嬉しい。
だから「笑った」と言ったら「さっさと帰れ」と、冷たくあしらわれた。ひでえ。
帰り道は、真っ直ぐで面倒くさい廊下を通った。
帰る途中で箱の中を見てみたけど、
美味しそうなチョコレートケーキと、いちごのゼリーが入っていたよ。
まともなお菓子って、まともな色と形状をしているもんだと、改めて思い知った。
さて、どっちから食おうかなあ…。
そんなことを、考えながら。
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あれ、こんな長くするつもりは無かったのに。
温度差のある友情は、割と成り立つもの。
各各いらんことを考えがちですが、そんなものだよね。
と言いつつ、実際はテムのお菓子とまともなお菓子の比較を書きたかっただけです。
最早テムレクトは、ネタ要員でしかないな…!!そんなキャラではないのだが。
しゅうとセイで文体を変えるのは、やや厄介です。
しゅうの方が客観寄りの視点。
セイの方が主観寄りの視点。
って言ってるけど、意識だけして実際反映はしてないと思う。
あと、二人とも喋り方そっくり。書いてるこっちがどうしようって思うわ!!
しかし彼等が50過ぎのおっさんだと思うと、途端に「こういう口調でいいのかな」と思い始める。
まあ、いいか。うん、いいよね。
*補足説明*
幻術→相手に幻を見せる術。文中にもある通り、その根本は『相手に幻覚作用をもたらす』ということ。
つまりは幻視だけでなく、五感全てに作用する。
ただしポピュラーなのはやはり“視覚”。
聴覚・嗅覚・触覚・味覚に作用させるには、ある程度の修練が必要となる。
語調は --
現術→物(無機物)を作り出す術。簡単な物質(武器など)はこれで出てくる。
幻術と違い、こちらで作り出されたものは、確実に存在する。
例えば、幻術で作られたナイフが手を切っても現実には意味は無いが、
現術で作られたナイフが手を切れば、怪我をしてしまう。
テムレクトは精霊界でも他に追随を許さない使い手で、
それ故にしゅうは、今回彼女に意見を求めて訪ねている。
語調は \_
境術→空間の調整、結界を張ることができる術。
仮想空間を作成して周囲を破壊しないように保護したり、指定範囲内への侵入を妨げるものとして使われることが多い。
テムレクトは大樹の中に、この術を仕掛けている。
あと、図書館の外装が小さいのに内装はバカでかいのも、これの影響。
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