心の殺陣記 精霊は化粧をするのか 5 忍者ブログ
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「なんぞ用か?しゅう」


彼女――テムレクトは、そこでニヤニヤと笑っていた。

流れる長い金髪と妖艶な紫の瞳が、俺を映す。
瞳の色と同じ色のドレスをまとった、見た目20代後半の女性。
しかしその実態は、齢300を超えている。

テムレクトはゆっくり立ち上がると

「おんし、わしの森の中で不用意な発言はせぬ方が良いぞ。木々を伝わって全部耳に届いておるからな」

ぐい、と果物ナイフの尻で顎を上げられた。
俺の視線とテムレクトの視線が交差する。
年齢を気遣う大婆様は、どうやら先程ネリィに言った『年を取ると』という言葉を気にしているらしい。無駄に地獄耳だから困る。
もちろん俺もそれを知っていて言ってるのだが。
直接年寄りであることを言ったわけではないので、テムレクトもこうして牽制をしているのだろう。

面白そうに眺めているネリィを横目で見やりながら、俺はテムレクトの手を下げさせる。

「以後、気をつけるよ」
「ふうん。で、いつぞやの小娘も引き連れて、今日は何をしに来た?」
「ああ、ネリィがあんたに訊きたいことがあるんだってさ。それで」
「世話焼きなことじゃ」

テムレクトは木製の古い椅子に座ると「茶は飲んでも良いぞ」と言った。
どうやら俺に、茶をくめと指示しているようだ。
俺の用事ではないので、暇潰しの意味合いもかねて、俺はティーポット片手に台所へと向かった。

流石樹の主とあって、居間も台所もほとんどが木製だ。
テムレクトは料理が趣味なので、台所も使い易く設計されていた。その腕前はとても残念なものであるが。

湯を沸かしながらぼんやりと時が過ぎるのを待った。
居間の方からは、ネリィの声が聞こえる。


「……精霊界の歴史とか色々聞いたよ。でも“化粧”も正装の一つじゃないの。
あまり濃過ぎるといけないけど、薄くは化粧をしないと、逆に失礼にあたるよ」
「それは人間の文化じゃ。わしら精霊の文化ではない。
人間は個性を出すためや他者に印象を良くさせるため、化粧や肌の手入れをするじゃろう」
「ま、まあ、モトを言えばそうだけど…」
「精霊の歴史のことを言うとったが、それもある。
しかし、それ以上に、わしらには化粧だのなんだのは必要ないのじゃ」
「じゃあ、何よ。強くなること?」
「ふん、強くなることか。それも一理あるな。
じゃが、ネリィ。おんしはしゅうだけを見て育って来たじゃろう?
しゅうの側面を見ただけで、精霊を語れはせぬ。

わしらが求めるのは見た目の美しさではない。
わしらが貪欲に求めるのは、知識じゃ。
術というもの、精霊というもの、その他諸々は調べても調べても尽きることはない。

しゅうもしゅうで、あやつもこの方面に関しては貪欲なはずじゃ。
今は自然界を管理することで精一杯じゃが…。
あやつがもし普通の精霊として生まれてきたなら、
いまだ謎に包まれておる様々なものが、解き明かされたに違いないじゃろう」
「何よ、それ」

ふつふつと、鍋の中の水が煮え立ってきた。
テムレクトは熱い茶しか飲まないから、もう少し待たなくてはならない。
本当は60度がベストなのだが、茶葉と湯の温度の相性なんて気にせずに飲んでしまうんだよな。

「言った通りじゃ。
大体、人間と精霊なんぞ体の構造ですら違うのに、化粧だの肌の手入れだの…。
少し考えてみりゃわかることじゃろうが。
しゅうは人を甘やかすクセがあるのは知っておるが、少しは考えてみるべきじゃ」
「………ひどい」
「ひどくはない。おんしももう、自分で常識的に物事を考えられるようになっておる年のはずじゃ。
他人を振り回してまで、自分の…」
「そんな…そんな言い方ってないじゃない!!!!!」

鍋の底から、大きな泡がボコッと音を立てて消えた。
俺は鍋を火から下ろすと、用意しておいたカップに注いでいく。
カップを温めながらポットにもお湯を注いで、それを激論…というより説教大会の中に持ち運んで行った。

「沸いたぞ」
「今、こっちでもネリィが沸いたところじゃよ」
「沸いてない!だって、ひどいんだもん!!!
頭ごなしに何でもかんでも全部否定して!!頭でっかちになってんじゃないの?!
わいてるのはあんたの頭でしょ!虫が湧いてるって意味でね!!!」

ドン!とネリィが机に拳を叩きつけた。
古びた机が「みしり」と嫌な音を立てる。
俺はポットを持ったまま、テムレクトは椅子に座ったまま、一瞬凍りついた。

「何よ、精霊だって『あれはどうなってるんだろう、これはどうなってるんだろう』って疑問を持つから研究するんでしょ!!?
あたしだってそうよ!精霊って化粧するのか、お肌はどうなってるのか、それが単純に気になったから調べてみただけ!
ああ、ああ。そうでしょうともよ。
精霊から見れば、何でもない小さなわかりきったことでしょうよ。
でも、人間からすればそんな些細なことがとっても大きな謎に思えるのよ!
文化の違いだなんだって言うけど、それより先に、自分は精霊で相手は人間なんだってことを考えたらどうなの!!?大体…」
「ネリィ、もういいだろ」

言いながら、ポットを机に置く。
横目でネリィを見ると、顔を真っ赤にして肩で息をしていた。

彼女は人間と精霊の差別をされるのが大嫌いだ。
精霊から生まれた人間は、それだけ迫害されてきたのである。
もちろん今でもそれは続く。
ネリィの反応は過敏なものに見えるが、彼女のことを考えると当たり前の反応なのだ。

ネリィは恨めしそうに俺を見ているが、俺は何も言わない。

「茶が入った。冷めるのは嫌だろう」

俺はそう言いながら、台所にカップを取りに行った。

「しゅうちゃんは良いの?こんなあたしなんかに付き合わされてて」
「別に。気にはしないよ」

そう。
普段から付き合わされているのもあってか、
こういったものはもう慣れっこであった。

「ただ、今回は一つだけ評価するところがあると思う」

カップの中のお湯を捨て、あとは持って行くだけである。
けれども、この言葉を居間で…ネリィとテムレクトの前で言う勇気は無かった。

「お前がちゃんとした目的を持って、何かを探ろうとしたこと。
下らないとは思うが、確かに精霊じゃ思いつかない疑問だ。
精霊にとっちゃ、わざわざ言わなくてもわかるであろうことだけどね。
けれども、そんな“当たり前のこと”を再認識させるような疑問だったよ。
人間のお前だからこそ、できたことだ」



居間の方から、テムレクトの呆れるような溜息が聞こえた気がした。
「おんしは本当に、まだまだ甘いのう」――そう言われたようだった。

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