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※6/30の「郷里へ帰る」と一緒にどうぞ
ジャフティ(271)さん主催、SummerVacation会場
島から帰って、少し時間が経った頃。
「やゑちゃん、今日は一緒に海に行こうか」
そんなことを言い出したのは、月舟だった。
ジャフティ(271)さん主催、SummerVacation会場
島から帰って、少し時間が経った頃。
「やゑちゃん、今日は一緒に海に行こうか」
そんなことを言い出したのは、月舟だった。
場の空気が、止まった。
やゑは食べていた素麺を箸から全て机に落としてしまうし、
野菊は熱い茶の入った湯呑を、ツチノコの上に落っことした。
「月舟、アホなことを言わんの!!」
「そそそそそうじゃ!月舟さん、命を大事に!!」
月舟は元来、病弱な身体であった。
やゑが島に行ってからはその病は悪化し、立って歩くことも自由に出来なくなったのである。
やゑの帰還をうけてその病状は回復しつつあるが、それでも以前の状態に戻ったまで。
月舟は相も変わらず病弱のままであった。
そんな月舟が、何ゆえ「海に行こう」などと言い出したのか。
そもそもここは山に面しており、海などというものは遠く彼方にあった。
けれども、月舟はにこやかに二人の混乱を収めようとする。
「まあまあ、落ち着いて。何も考え無しに言っているわけじゃないよ。
私達はずっとこの山の中でひっそりと暮らしてきたろう?
でも、それで一生を終えるのはつまらない。
やゑちゃんの手紙を読んで、子どもの頃に見たきりの…海を見たくなったんだよ。
だから、小旅行のつもりで、海に行ってみないかい?」
月舟の話を聞いて、野菊は渋い顔をしていた。
確かにゆっくり行けば、月舟への負担は減るだろう。
しかし、減ったからと言って月舟の体が耐えられるとは限らない。
ちらりと横目で孫を見ると、やゑは月舟をしっかりと見ていた。
そして、言うのである。
「うん、それなら行こう!」
言い切るのである。
「わたすが月舟さんを海に連れてっちゃるけん!」
(アホーーーーーーー!!!!!!!!!)
やゑの自信満々な顔と言葉に、野菊は想像でやゑを蹴り飛ばした。
現実で行うのは、ぐっとこらえた。
島に行くことでは、やゑは月舟に恩返しなんてできなかった。
それゆえ、月舟の望むことならば何でもしたいのだろう。
…それに、自らも同じような気持ちであった。
月舟の命は長くない。
ならば、出来る限りの楽しい思い出を、作ってやりたい。
そう思うのは、家族としておかしなことではないだろう?
言い出してから程なくして、旅の準備はあっさりと終わった。
ほとんどは月舟の介護のための道具ばかりであった。
他は火傷を負ったツチノコや皆の着替え、旅の必需品だけである。
やゑがそれを全て持ち、旅は始まった。
ゆっくりと山を降り、田舎の道を歩く。
途中、旅館に泊まったり食べ歩きをしたり、花や動物を眺めたり。
それは楽しい道中であった。
もちろん、楽しいことばかりではない。
月舟の体調はやはり芳しくはなく、何度も休憩を入れた。
時には旅館に何日も滞在するようなこともあった。
それでも月舟は笑うのである。
「楽しいよ」と「ごめんね」を繰り返しながら。
やゑは泣くことはなく、笑っていた。
ようやっと海辺の旅館に着いたのは、その日の太陽が落ちた頃だった。
だだっ広い畳の部屋の中、荷物とツチノコを放り投げて、皆は一息を吐いた。
「折角来られたのに、すぐに海に行けんとは残念じゃなあ」
「そうだねえ。まあ、明日になるのを待てば良いよ。海は逃げないからさ」
野菊が備え付けの茶を引っ張り出して啜る。
しん、とした空間の中に、茶を啜る音だけが響いた。
その音が、何とも虚しい空気を演出している。
「………」
ふと、やゑが立ちあがった。
顔を窓の方に向けたかと思うと、すぐに部屋の入口へ向かう。
「やゑちゃん?」
月舟がやゑを呼ぶと、大きな三つ編みを振りながら、やゑは興奮したように叫んだ。
「おえん!」
「へ?」
「今日じゃないと、おえん!!」
言うが早いか、やゑは部屋を飛び出す。
野菊は呆れたような顔をして、月舟に後を追うように言った。
満月の夜の狼を思い出しながら、月舟は海へと向かった。
あまり足が速いやゑではないが、それでも体の弱い月舟が追い付いたのは随分と後になった。
浜辺に着くと、
「ややややや、やゑちゃーーーん!!!?」
やゑが、服を脱いでいた。
夜の海で人が居ないとは言え、大公開も良いところである。
小さな頃からやゑの裸なんて幾度も見ていたが、
やゑはもう、立派な女性の体をしている。
これは見てはいけないと月舟は大慌てで目を逸らした。
目を逸らしながら、止めるべきだということに気づいた。
「や、やゑちゃん!こんな所で服を脱ぐのはやめなさい!」
「あれえ。月舟さん大丈夫じゃ」
何が大丈夫だというのか。
やゑが大丈夫でも、月舟は大丈夫ではない。
そうこうしている内にも、やゑはどんどん服を脱いでいく。
「良い年頃の女の子が、外で裸になるだなんて、私は許しませんよ!」
月舟が強く言うと「へ?」と、やゑの間抜けな声が返って来た。
「月舟さん、何目ぇそらしょん?わたす、下に水着着とるんよ」
「へ?」
今度は月舟が間抜けな声を返す番だった。
やゑの方に視線を戻すと、確かに水色の可愛らしい水着を着ている。
シンプルではあるが、スカートに入ったプリーツや、ストラップとリボンについたウッドビーズがお洒落な感じを出している。
「島でもろーたんよ!」
「……そ、そうか、良かった」
「人前で着るんは恥ずかしいんじゃけどな!」
「……それは、良かったの?」
やゑはにこにこと笑って、海へ歩いて行く。
「ほいでなほいでな、月舟さん」
膝まで浸かるほど歩くと、やゑは手を振った。
まるで人に注意を向けるかのように。
その手の先で、黒く浮かぶ島々の間に色とりどりの光が見える。
それは、花火だった。
おそらく向こうの海岸で、お祭りでもしているのだろう。
次々に花火が上がっては消えていった。
「きっと、明日はやっとらんけん」
やゑは言うと、海の中に潜り込んだ。
月舟が呆然とそれを見ていると、今度は少し遠くなったところに、やゑの姿が現れた。
「なあなあ!このまま泳いでいったら、花火の下に行けるんかなー!」
やゑの問いかけに、月舟の心がざわついた。
(やゑちゃん、行っちゃいけないよ)
「……行けると思うよ!」
(やゑちゃん)
「ほんまー!?」
(行かないでくれ)
「でもわたす、皆と一緒じゃねぇとヤじゃー!」
ばしゃばしゃと派手な音を立てながら、やゑは泳いで戻って来た。
頭から爪先までびっしょりと濡れて、にこにこと笑っている。
「わたす、月舟さんと一緒じゃねぇとヤじゃ」
「そ、そうかい。それは…良かったと言うべきなのかな」
「うん!」
月舟は心の中でほっとしていた。
一度は遠い土地へ、一人で出て行ったやゑである。
目を離すとどこかへ行ってしまいそうで、怖かった。
でも、戻って来てくれた。良かった。
「…じゃけぇな、じゃけな」
でも
にこにこ笑顔は、なぜだかどんどん崩れて。
「『ごめんな』なんて言わんのよ…」
ぼろぼろぼろぼろ、泣きだした。
「月舟さん、わたすが居りゃあええ言うたが。なのに、何で月舟さんが謝るん?」
「それは…」
「わたすも月舟さんが居るだけで、それだけで楽しいんよ。別に月舟さんが病気でも、何でもええんよ」
「……」
「謝ったら、意味ねぇが」
それだけを言い放つと、やゑはまた海へと飛び込んだ。引きとめる間もなかった。
ざぶざぶとしばらく泳いで戻って来ると、先程の泣き顔はどこへやら。
また笑顔がやゑの顔を彩っていた。
「海の上の花火って、綺麗よな!」
「…うん」
ぐい、と月舟の裾を引っ張って、座るように促す。
促されるままに、月舟は砂浜へ腰をおろした。
遠くの方でチカチカと存在を示す花火を眺めながら、やゑが話し出した。
「島ではな、毎年海辺でお祭りやっとって、そこでも花火をあげよーたんよ」
それを聞いて、月舟はやゑからの手紙を思い出していた。
確か、自分にも見せたいと言っていたはずだ。
それは結局、叶うことはなかったけれど。
「あの時はな、今より人がいっぱい居って、花火もでぇれぇでっかかった」
「そうなんだ、私も見たかったなあ」
「でもな、わたす、今見とる花火の方が楽しいし綺麗じゃと思うんよ」
真っ直ぐと前を見ながら、やゑは言う。
その言葉は、月舟の首を傾けさせた。
明らかに小さくて、しょぼくれたような花火だ。しかも遠い。
けれども、やゑはそのようなことを言う。
「家族とおるって、ええなあ」
月舟は、やゑを見た。
そして柔らかく笑った。
- おまけ -
二人が海辺で花火を眺めている頃、
旅館の部屋には野菊と人に変身したツチノコが居た。
「…それにしても本当に、あの二人は仲が良いようで。俺なんか、入る余地が無いですよ」
「そりゃそうじゃ。あの二人は恋人じゃねぇ。愛を超えた、家族の絆ゆうもんがあるけぇな」
「……そりゃ知ってますよ。だからこそ悔しいんです。
恋人じゃなけりゃ、俺のことを見てくれたって良いじゃないですか。恋人というポジションは空いているわけでしょう?
俺だって、やゑの武器となり盾となり枕となり、彼女のことを守ってきました。
正直、月舟よりも頼りになると思うんです。
こう思う自分は小さな奴だなあと思いはするのですが…でも、だからといって、諦められなくて」
「まあ、そうじゃな。小さい。心の中じゃ『月舟なんて死んでしまえ』とでも思ってそうじゃ」
「そこまでは……あるかも」
「ぴーちくぱーちく言う前に、何かをせにゃ意味がねぇじゃろが。ほいじゃけぇ、小せぇんじゃ。
言うは易し、行うは難して言うじゃろう?
何の言葉も掛けてやれん、自分のことしか見とらん男が恋をするなぞ、おこがましいにも程があろう」
「うっ…」
「やゑはともかく、そねーな奴にわしや月舟が可愛い家族を嫁に出せるわけねかろーが」
「だけど…」
「まずは昼間も変身できるようにしてみい。話はそれからじゃ!」
「くっ…!!お、俺は、俺は諦めないっ…!」
「ふん、やってみい。わしら認めるくらいの男になりゃええ!!」
「やってやるさあっっ!!!!」
「…へくしゅんっ」
「夜風はおえんかったかな。連れ出してしもーたみてぇで、ごめんな」
「いいよいいよやゑちゃん。それに、夜風は関係ない気がするんだ」
「?」
「寒気とは違うんだよ。何だろ?噂でもされてるのかな?」
↓ついでに絵も置いておきますね。
ところでこれ、偽島から若干外れてるんだけど良かったのかな。
6/30の時点で帰っちゃったのは誤算だったかもしれねえ…!
やゑは食べていた素麺を箸から全て机に落としてしまうし、
野菊は熱い茶の入った湯呑を、ツチノコの上に落っことした。
「月舟、アホなことを言わんの!!」
「そそそそそうじゃ!月舟さん、命を大事に!!」
月舟は元来、病弱な身体であった。
やゑが島に行ってからはその病は悪化し、立って歩くことも自由に出来なくなったのである。
やゑの帰還をうけてその病状は回復しつつあるが、それでも以前の状態に戻ったまで。
月舟は相も変わらず病弱のままであった。
そんな月舟が、何ゆえ「海に行こう」などと言い出したのか。
そもそもここは山に面しており、海などというものは遠く彼方にあった。
けれども、月舟はにこやかに二人の混乱を収めようとする。
「まあまあ、落ち着いて。何も考え無しに言っているわけじゃないよ。
私達はずっとこの山の中でひっそりと暮らしてきたろう?
でも、それで一生を終えるのはつまらない。
やゑちゃんの手紙を読んで、子どもの頃に見たきりの…海を見たくなったんだよ。
だから、小旅行のつもりで、海に行ってみないかい?」
月舟の話を聞いて、野菊は渋い顔をしていた。
確かにゆっくり行けば、月舟への負担は減るだろう。
しかし、減ったからと言って月舟の体が耐えられるとは限らない。
ちらりと横目で孫を見ると、やゑは月舟をしっかりと見ていた。
そして、言うのである。
「うん、それなら行こう!」
言い切るのである。
「わたすが月舟さんを海に連れてっちゃるけん!」
(アホーーーーーーー!!!!!!!!!)
やゑの自信満々な顔と言葉に、野菊は想像でやゑを蹴り飛ばした。
現実で行うのは、ぐっとこらえた。
島に行くことでは、やゑは月舟に恩返しなんてできなかった。
それゆえ、月舟の望むことならば何でもしたいのだろう。
…それに、自らも同じような気持ちであった。
月舟の命は長くない。
ならば、出来る限りの楽しい思い出を、作ってやりたい。
そう思うのは、家族としておかしなことではないだろう?
言い出してから程なくして、旅の準備はあっさりと終わった。
ほとんどは月舟の介護のための道具ばかりであった。
他は火傷を負ったツチノコや皆の着替え、旅の必需品だけである。
やゑがそれを全て持ち、旅は始まった。
ゆっくりと山を降り、田舎の道を歩く。
途中、旅館に泊まったり食べ歩きをしたり、花や動物を眺めたり。
それは楽しい道中であった。
もちろん、楽しいことばかりではない。
月舟の体調はやはり芳しくはなく、何度も休憩を入れた。
時には旅館に何日も滞在するようなこともあった。
それでも月舟は笑うのである。
「楽しいよ」と「ごめんね」を繰り返しながら。
やゑは泣くことはなく、笑っていた。
ようやっと海辺の旅館に着いたのは、その日の太陽が落ちた頃だった。
だだっ広い畳の部屋の中、荷物とツチノコを放り投げて、皆は一息を吐いた。
「折角来られたのに、すぐに海に行けんとは残念じゃなあ」
「そうだねえ。まあ、明日になるのを待てば良いよ。海は逃げないからさ」
野菊が備え付けの茶を引っ張り出して啜る。
しん、とした空間の中に、茶を啜る音だけが響いた。
その音が、何とも虚しい空気を演出している。
「………」
ふと、やゑが立ちあがった。
顔を窓の方に向けたかと思うと、すぐに部屋の入口へ向かう。
「やゑちゃん?」
月舟がやゑを呼ぶと、大きな三つ編みを振りながら、やゑは興奮したように叫んだ。
「おえん!」
「へ?」
「今日じゃないと、おえん!!」
言うが早いか、やゑは部屋を飛び出す。
野菊は呆れたような顔をして、月舟に後を追うように言った。
満月の夜の狼を思い出しながら、月舟は海へと向かった。
あまり足が速いやゑではないが、それでも体の弱い月舟が追い付いたのは随分と後になった。
浜辺に着くと、
「ややややや、やゑちゃーーーん!!!?」
やゑが、服を脱いでいた。
夜の海で人が居ないとは言え、大公開も良いところである。
小さな頃からやゑの裸なんて幾度も見ていたが、
やゑはもう、立派な女性の体をしている。
これは見てはいけないと月舟は大慌てで目を逸らした。
目を逸らしながら、止めるべきだということに気づいた。
「や、やゑちゃん!こんな所で服を脱ぐのはやめなさい!」
「あれえ。月舟さん大丈夫じゃ」
何が大丈夫だというのか。
やゑが大丈夫でも、月舟は大丈夫ではない。
そうこうしている内にも、やゑはどんどん服を脱いでいく。
「良い年頃の女の子が、外で裸になるだなんて、私は許しませんよ!」
月舟が強く言うと「へ?」と、やゑの間抜けな声が返って来た。
「月舟さん、何目ぇそらしょん?わたす、下に水着着とるんよ」
「へ?」
今度は月舟が間抜けな声を返す番だった。
やゑの方に視線を戻すと、確かに水色の可愛らしい水着を着ている。
シンプルではあるが、スカートに入ったプリーツや、ストラップとリボンについたウッドビーズがお洒落な感じを出している。
「島でもろーたんよ!」
「……そ、そうか、良かった」
「人前で着るんは恥ずかしいんじゃけどな!」
「……それは、良かったの?」
やゑはにこにこと笑って、海へ歩いて行く。
「ほいでなほいでな、月舟さん」
膝まで浸かるほど歩くと、やゑは手を振った。
まるで人に注意を向けるかのように。
その手の先で、黒く浮かぶ島々の間に色とりどりの光が見える。
それは、花火だった。
おそらく向こうの海岸で、お祭りでもしているのだろう。
次々に花火が上がっては消えていった。
「きっと、明日はやっとらんけん」
やゑは言うと、海の中に潜り込んだ。
月舟が呆然とそれを見ていると、今度は少し遠くなったところに、やゑの姿が現れた。
「なあなあ!このまま泳いでいったら、花火の下に行けるんかなー!」
やゑの問いかけに、月舟の心がざわついた。
(やゑちゃん、行っちゃいけないよ)
「……行けると思うよ!」
(やゑちゃん)
「ほんまー!?」
(行かないでくれ)
「でもわたす、皆と一緒じゃねぇとヤじゃー!」
ばしゃばしゃと派手な音を立てながら、やゑは泳いで戻って来た。
頭から爪先までびっしょりと濡れて、にこにこと笑っている。
「わたす、月舟さんと一緒じゃねぇとヤじゃ」
「そ、そうかい。それは…良かったと言うべきなのかな」
「うん!」
月舟は心の中でほっとしていた。
一度は遠い土地へ、一人で出て行ったやゑである。
目を離すとどこかへ行ってしまいそうで、怖かった。
でも、戻って来てくれた。良かった。
「…じゃけぇな、じゃけな」
でも
にこにこ笑顔は、なぜだかどんどん崩れて。
「『ごめんな』なんて言わんのよ…」
ぼろぼろぼろぼろ、泣きだした。
「月舟さん、わたすが居りゃあええ言うたが。なのに、何で月舟さんが謝るん?」
「それは…」
「わたすも月舟さんが居るだけで、それだけで楽しいんよ。別に月舟さんが病気でも、何でもええんよ」
「……」
「謝ったら、意味ねぇが」
それだけを言い放つと、やゑはまた海へと飛び込んだ。引きとめる間もなかった。
ざぶざぶとしばらく泳いで戻って来ると、先程の泣き顔はどこへやら。
また笑顔がやゑの顔を彩っていた。
「海の上の花火って、綺麗よな!」
「…うん」
ぐい、と月舟の裾を引っ張って、座るように促す。
促されるままに、月舟は砂浜へ腰をおろした。
遠くの方でチカチカと存在を示す花火を眺めながら、やゑが話し出した。
「島ではな、毎年海辺でお祭りやっとって、そこでも花火をあげよーたんよ」
それを聞いて、月舟はやゑからの手紙を思い出していた。
確か、自分にも見せたいと言っていたはずだ。
それは結局、叶うことはなかったけれど。
「あの時はな、今より人がいっぱい居って、花火もでぇれぇでっかかった」
「そうなんだ、私も見たかったなあ」
「でもな、わたす、今見とる花火の方が楽しいし綺麗じゃと思うんよ」
真っ直ぐと前を見ながら、やゑは言う。
その言葉は、月舟の首を傾けさせた。
明らかに小さくて、しょぼくれたような花火だ。しかも遠い。
けれども、やゑはそのようなことを言う。
「家族とおるって、ええなあ」
月舟は、やゑを見た。
そして柔らかく笑った。
- おまけ -
二人が海辺で花火を眺めている頃、
旅館の部屋には野菊と人に変身したツチノコが居た。
「…それにしても本当に、あの二人は仲が良いようで。俺なんか、入る余地が無いですよ」
「そりゃそうじゃ。あの二人は恋人じゃねぇ。愛を超えた、家族の絆ゆうもんがあるけぇな」
「……そりゃ知ってますよ。だからこそ悔しいんです。
恋人じゃなけりゃ、俺のことを見てくれたって良いじゃないですか。恋人というポジションは空いているわけでしょう?
俺だって、やゑの武器となり盾となり枕となり、彼女のことを守ってきました。
正直、月舟よりも頼りになると思うんです。
こう思う自分は小さな奴だなあと思いはするのですが…でも、だからといって、諦められなくて」
「まあ、そうじゃな。小さい。心の中じゃ『月舟なんて死んでしまえ』とでも思ってそうじゃ」
「そこまでは……あるかも」
「ぴーちくぱーちく言う前に、何かをせにゃ意味がねぇじゃろが。ほいじゃけぇ、小せぇんじゃ。
言うは易し、行うは難して言うじゃろう?
何の言葉も掛けてやれん、自分のことしか見とらん男が恋をするなぞ、おこがましいにも程があろう」
「うっ…」
「やゑはともかく、そねーな奴にわしや月舟が可愛い家族を嫁に出せるわけねかろーが」
「だけど…」
「まずは昼間も変身できるようにしてみい。話はそれからじゃ!」
「くっ…!!お、俺は、俺は諦めないっ…!」
「ふん、やってみい。わしら認めるくらいの男になりゃええ!!」
「やってやるさあっっ!!!!」
「…へくしゅんっ」
「夜風はおえんかったかな。連れ出してしもーたみてぇで、ごめんな」
「いいよいいよやゑちゃん。それに、夜風は関係ない気がするんだ」
「?」
「寒気とは違うんだよ。何だろ?噂でもされてるのかな?」
↓ついでに絵も置いておきますね。
ところでこれ、偽島から若干外れてるんだけど良かったのかな。
6/30の時点で帰っちゃったのは誤算だったかもしれねえ…!
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